昼休みの教室。跡部景吾とその恋人は昼食を食べ終え、いつものように窓際を背にして休憩を満喫していた。
クラスの違う二人は、昼休みになると大抵どちらか授業の片づけが早く終わった方がもう片方の教室へ向かうといった形で落ち合っていた。今日はの方が早く授業を終え、跡部のいる3−Aへとやってきていた。跡部の席は今、視力に問題のある生徒でなければ誰しもが羨む窓際の一番後ろだった。季節は春、窓を開ければ心地よい風が睡魔を誘い、死角も多いため授業のサボりには恰好のスポットである。もちろん跡部景吾という男はどこに座っていてもそのようなことは決してしないのだが。
 

「かっこいー…」


 昼休みも中盤というところで、最近持ち歩いている洋書を読んでいた跡部の耳に、さっきから携帯をいじりながら黙っていた彼女が久しぶりに言葉を発した。
 このという女は、心底跡部にべた惚れであった。付き合う前も、こうして付き合いだしてからもそれは変わらずむしろ日々愛情は増している。そんな彼女をうんざり呆れた顔であしらいつつ、実はなんだかんだ甘いというのが、周囲からの彼らの認識だった。今度の発言も、どうせ自分のことかなにかだと思って気にしないでいた跡部だが、たまたま読んでいた部分が物語の節目だったこともあり意識をの方へ向けてみたところ、予想とは違った結果に驚いた。
 彼女が見ているのは携帯の中に表示されている画像だった。そこにはすらりと脚の長くスタイルの良い二人の男性が映っていた。


「ねえ、かっこいいと思わない?」
「・・・誰だこいつら」


 するとは、素早く携帯を自分の胸元へと引き寄せた。まるで携帯(に映った二人)を何かから護ろうとするかように。
大きめの目を見開かせて、口をぱくぱくと動かしている。「なんなんだよ」といらつく跡部に、少し大きめの声を出す。


「東方神起だよ!知らないの?」
「名前くらいは…」
「名前くらいしか知らないの?」
「…」
「信じられない!」
「知るか。興味ねえよ」


 馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、やっぱりこいつ馬鹿だな。
跡部は呆れを通り越して少し憐れんだ目でを一瞥すると、再び手元の本に視線を移した。彼女は未だに信じられないといった顔で、すぐに携帯をいじりだすと、他の画像を開いて跡部の本の上にそれを滑り込ませる。

「この写真は知らない?」
「知らねえっつってんだろ邪魔だ」
「うっそでしょ。この前さんざんCMで流れてたじゃない!この格好で!」
「うるせえななんのCMだよ」
「新曲よ!」


 そういっては新曲を口ずさみだした。跡部は深く溜息をつくと、無視して本を…読もうとしたのだが、見事なBGMがそれを邪魔する。集中できそうにない。彼の苛立ちは徐々に募っていく。
 「うるせえ黙りやがれ!」という悪態をつくあと少しのところ、「う」と言いかけたところで突如「東方神起だ〜」という気の抜けるような語尾を伸ばした声がした。何時の間に現れたのか、跡部とは逆のの隣に、芥川慈郎が座っている。


「ジロー!」
「この人たちカッコイイよねえ」
「でしょ。跡部ったら知らないんだって」
「ええー、まじでー」
「まじまじ、それってどう思う?」
「それはあれやな、問題やな」
「なんでてめえまでいるんだよ」



 どっから湧いたのか、忍足侑士まで来ていた。は「忍足くんならこれがわかるよね!」と顔を輝かせながら携帯を見せる。忍足は当然や、と頷くとその物凄い低音の声帯を震わして歌いだす。が喜んだのも束の間、跡部が立っている彼の脛にトゥキックを入れる事でそれはすぐに終わってしまった。「ぐおお」と苦しげな奇声を漏らしながらしゃがみこんだ忍足を尻目に、跡部は眉間に皺を集めたままを睨んだ。


「くだらねえことで騒いでんじゃねえ!」
「くだらなくないもん!景吾がテレビ見なさすぎなの!」
「そんなくだらねえもん見てるほど俺は暇じゃねえんだよ」
「動いている彼らを見なくちゃ意味がないのよ。歌とダンスがいいんだから」
「そ、の通りやでちゃん、つ…」
「お前は黙ってろ忍足」
「そうだ、今日部活終わるの早かったよね?」
「だったらなんだよ」
「部室でツアーのライブDVD見よう!私実は持ってるの!」


 跡部を含め、地味に大きくなっている騒ぎを聞いていた生徒たちは一斉に「なんで持ってんだよ」と突っ込みたくなった。そんな周りの意思を読んだのか読んでいないのか、慈郎が「すげ〜なんで持ってんの」と言い、一人で感動している横で、は目を輝かせながら「いいでしょ」と早くもどこからかDVDを取り出して自慢げに見せている。

 忍足は痛む脚を擦りながら、「跡部、せっかくやしええよな?」と耳打ちする。跡部は、眉間の皺を一本も減らすことなく不機嫌極まりない顔で押し黙っていたが、そんな彼に気が付いたに、「ねえ、お願い。景吾も一緒に見よう?」となんの曇りもない無垢な笑顔でそう言われてしまうと、返事の代わりに大きなため息をつくしかなかった。


「やったあ!景吾大好き!」
「…全部は見ねえからな」


 さすがの跡部も惚れた女の笑顔には敵わないらしい。毎回こんな感じなんだろうなあ、と忍足がにやにやし、教室が妙な緊張感から解放されたときようやく授業前の予鈴がなった。は「じゃあ楽しみにしてるね!」といっていつまでも跡部に手を振りながら小走りに教室を出て行った。見送る跡部の表情は心なし先ほどより穏やかなものになっていた。そんな跡部に忍足と慈郎は目を合わせ、肩をすくめる。氷帝学園テニス部200人の頂点に立つ孤高にして強靭な男の、普段は見せない情けないともある意味幸せともとれる表情に、同じ学年の正レギュラーとし安心する。
 その後、「楽しみにしてるで、景吾」と冷やかしを入れた忍足はもう一度脛に蹴りを入れられ逃げるようにして二人は教室から退散した。
 跡部は、結局あまり読み進められなかった本を鞄にしまいながら、忍足と、どうも上手くコントロールすることのできない自分自身を忌々しく思いながら舌打ちするのだった。










2012/08/14 彼女にたじたじの跡部さま